健脚の上下運動と無造作に口では言っても、深山大沢を跋渉するのは却々容易な事でない。私自身としては、健康状態も普通人以上のつもりだ。日常惰弱に身体をもてあましている閑人ではなく、年中多忙に追われ、一半は旅行また旅行で、よしんば汽車自働車に運ばれる楽なものにしても、身体各部の器官も関節も相当に調節を得ているという強味がある。紀州高野の清透幽寂さが忘れ難く幾度も登山したが、喘々として坂路に行き悩んだ例もなく、かなり調子は出来ているが、向かうところはなんにせよ日本北アルプスだ。雲表の一万尺が前後左右に畳々として乱嶂を削り深谿をうがつ人外境に踏み入るのだと思えば軽い不安が襲わないでもない。存外案じる程でないのかも知れないが、念には念を入れよで、出発に先立ってある程度の予習、四肢の運動の軽快を促進する事と、体重を幾分か減少させる事とが必要な準備と感じられた。予習はどこでも出来る。自宅の玄関前の並木坂路を往復百辺もするなら優に五六里の山路を跋渉するにあたり、至極簡単なグラウンドだが、単調すぎて登山気分になれるものではない。やはり、居は気を移すの本文通り、この際、山郷に身を置くのでなくては、とても場面が彷彿と行かない。そこで、七月十一日、ともまず軽装して伊香保へと志した。望遠鏡と、大ナイフと、雨用帽子とを携帯して。